NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第6号掲載

手話講習会
 

秋から都の手話講習会再学習クラスに通っている。都の手話講習会専門コースに通ったのは、もう10年近く前のことだ。ちょうどその頃、手話の世界では、ろう文化宣言が発表された頃で、講習会の生徒も大きく揺れていた。当時はまだ年間カリキュラムの約半分を合同発表会の準備に使っていたが、半年かけて用意したその内容は、なんと講習会そのものを批判するものだった。手話の通信講座や、本による学習だけでは決して手話を習得することはできないという発表はいいにしても、講習会で教わった手話では、ろう者に通じないことなどを劇仕立てで発表した。今思えば、やや過激な内容だったのは、F市から来ていた人たちが中心になっていたからだろうか。

 発表の結論は、ろう者的手話(当時はまだ日本手話という用語は浸透していなかった)を講習会で教えるべきだという内容で、その準備の過程でそれぞれが自分の地域で、「日本語に翻訳しにくい語彙」を地元のろう者から教わり、それをみんなで持ち寄って1冊の語彙集を作った。「得意」「飽きる」などの語彙には特別な用法があるのは通訳者なら、今は誰でもが知っているが、当時はまだそういうことを紹介した本が1冊もなかったので、これでひと儲けしようとみんなで騒いでいたら、それからしばらくして『はじめての手話』が発売された。

 さて、私自身は、区民手話講習会に通った経験はなく、都の講習会に通っていたときに周りのみんなが講習会批判をしていたので、釣られてやんやとやっていたのだが、あのとき、自分達は講習会で日本手話を教えてるように主張したが、それだけでいいのだろうかと今になってフト考えることがある。何のための講習会なのだろうか手話でボランティアできる人を育てるため手話通訳者を育てるため目的にの応じてカリキュラムというものは作られるべきだろう。
 
 通訳をやっていて難しいと感じることは、いかに翻訳をして伝えるかという技術と、通訳現場で自分がどういう行動を取るのか、あるいはとらないのかという実践技術だ。今では、ある程度体系化されて都の講習会、また、区民手話講習会でも教わることができるが、ぼくが都講習会に通っていた頃は事例をいくつか学ぶくらいだった。そんな状態で現場に行くのだから当然失敗をする。

 そういう経験から、通訳者を育てるための手話講習会なら、是非この2つの技術を教えることは欠かさないでほしいと思っている。


以下のタイトルは本書にてお楽しみください。

・手話通訳の魅力
・昔もナチュラルアプローチ
・通訳はコードの変換か?
・「おもしろい」の口形