NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第31号掲載

続・手話通訳者の行く末

 
前号では、「手話通訳者の行く末」と題してい地域の手話通訳者が抱えている諸問題を正直に吐露しました。結びで、「昨年は手話が言語として認められたが、聴覚障がい者が手話でアクセスできることを権利として保障し、手話通訳者の身分保障を充実させていく日が来なければ、手話通訳者の行く末は明るいものとはいえず、聴覚障がい者の社会参加も滞ってしまう」と述べました。今回はその続きとなります。前号とあわせてご一読ください。

さて、日本には障害者基本法をはじめ、障害者関係の法律がありますが、理念を示すにとどまって、権利を示した法律ではないという指摘があります。具体的な問題を紹介します。

合理的配慮をめぐる裁判
車イスを使う人が車イス用のトイレのない超距離列車に乗りました。長距離なので、ご飯を食べたり、お茶を飲んだりしてトイレにいきたくなったのですが使えませんでした。本当に苦しい思いをして目的地まで着いたそうです。JRが一般の人が使えるトイレを設置しているのに車イス用のトイレがないのは、合理的配慮義務違反で差別にあたるという裁判を起こしました。ところが地裁、高裁とも「JRには車イス用のトイレを設置する義務はない」という判決を下しました。それはJRの裁量であって法的に義務付けることはできないというのが判決理由だったのです(2004年8月9日国際セミナー、日本障害者リハビリテーション協会)

高松手話通訳拒否事件
最近の例では、高松市の手話通訳者派遣拒否事件があります。
高松市在住の聴覚障害者が娘さんの専門学校の保護者会及び入学式に参加しようと手話通訳者派遣を申し込んだところ、高松市は「市外である」などの理由から断りました。それはおかしい。手話通訳者派遣は聴覚障害者の権利だと裁判を起こしました。普通の両親なら当然できることをするために手話通訳者の派遣を依頼した。通訳をつけることは障害者権利条約にもある合理的配慮で、当然の権利だと訴えています(2012年5月13日ひょうご聴障者ネット講演会)。

障害者差別禁止法
こんな当たり前の権利がどうして奪われているのか腹立たしいです。改正障害者基本法の第3条には「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」と書かれています。しかし、具体的に何が差別で何を禁止するのか書かれていないので、仮に差別を受けて裁判を起こしても、障害者基本法は根拠とならないという問題があるのです。
そこで、現在、差別の「物差し」となる障害者差別禁止法の法整備が日本では進められています。諸外国では、アメリカのADA法(1990年)をはじめ、オーストラリア(1992年)、イギリス(1995年)、インド(1995年)、ドイツ(2002年)、韓国(2007年)など世界40ヵ国以上の国で障害者の差別を禁止する法律があり、日本は漸く来年の通常国会に法案が提出されようとしています。
報道によれば、9月にまとめられた内閣府の提言では、合理的配慮に必要な経費は、施設や事業主の負担となることから、医療機関、経済界、内閣府以外の省庁からの抵抗もあり、提言がずたずたにされる可能性があると伝えています(東京新聞2012年10月11日)。
アメリカのADA法は、車イスの人が働きやすいような環境整備など合理的配慮にかかる費用を企業負担に求めたために、障がい者の雇用を悪化したばかりか、賃金低下も招いたという分析もあります。確かに財源をどうするかという問題はありますが、坂本氏によれば、日本における障害者関連予算の規模は他のの先進国に比べて三分の一以下の水準にあり、諸外国並みの水準に福祉予算を引き上げるのであれば、現状よりも財源の困難はもっと軽減されることになるだろう(坂本徳仁・櫻井悟史編『聴覚障害者情報保障論』「障害者差別禁止法の経済効果」)という見方もあります。

合理的配慮の恩恵は誰に?
日本では聴覚障害者が病院に行きたいと思ったら、手話通訳者派遣をする事務所に事前に連絡をして、病院で待ち合わせをします。学校や面接でも同じで、聴覚障害者が自ら手配をして手話通訳者を同行させます。ところが、アメリカの場合は、手話通訳者の依頼はろう者ではなく、企業や病院、学校、裁判所など公共施設側が通訳を手配することになっているのだそうで(平成22年国リハ学院情報)。
合理的配慮をするにはお金がかかります。しかし、合理的配慮をすることで障がい者が生活しやすい環境を整えられ、さらに、障がい者に利用しやすい環境は高齢者や障がいのない人にも便利になり、結果的には社会全体にとってプラスになります。
当協会は企業等への手話通訳者派遣を年間200件ほど行っていますが、手話通訳者の費用は聴覚障がい者ではなく企業が負担しています。すでに、当協会が取引している企業は雇用した聴覚障がい者社員の合理的配慮として研修や会議に手話通訳を付けるようにしているのです。研修や会議の内容が分かるように情報保障がなされれば、聴覚障がい者社員の仕事の効率も上がり、企業にもメリットになるのです。
差別禁止法が施行され、すべての企業で働いている聴覚障がい者社員の合理的配慮として手話通訳を付けることが当たり前になれば、手話通訳者の行く末は明るいものとなるでしょう。