(飲んでいる場合じゃない!?)
         NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第30号掲載


手話通訳者の行く末

 
NPO法人江戸川手話通訳者協会は法人格を取得して8年。江戸川区から「手話通訳者派遣事業」を委託されて4年目になりましたが、前途は明るいと言えない問題を抱えています。
手話通訳者派遣事業は、障害者自立支援法のもとに定められた「地域生活支援事業(コミュニケーション支援事業)」で、市町村の必須事業です。自立支援法が支援費制度の利点を活かし、措置から契約へ、事業主体が都道府県から市町村へとなったことを受けて、手話通訳者派遣事業も利用者が事業者を選択できるようになり、住民に身近な市町村が事業を担うようになりました。そのこと自体は評価できますが、事業の実態は大きな問題を抱えています。それは、この事業を担う人材が職業的な手話通訳者ではなく、富裕層の主婦が中心となることを前提としなければ成り立たないという問題です。

2月に行われた障がい者制度改革推進会議の総合福祉部会で、厚生労働省が提案した障害者総合福祉法は、「地域生活支援事業として、地域社会における障害者に対する理解を深めるための普及啓発や、ボランティア活動を支援する事業を追加する」というものでした。
これに対して、部会メンバーの盲ろう者の福島智さんはこう述べています。
「地域生活支援事業は自立支援給付の予算の10数分の1程度の予算規模しかありません。国の責任で進めるべき事業を、個人の自発的な活動である無償のボランティアで補おうというのでしょうか」(第19回総合福祉部会にて)
手話通訳者の場合は、活動謝金が支給されているので、全くの無償ではありませんが、その収入で生計を立てられるほどの金額ではありません。男性の登録手話通訳者や、女性でも一人暮しの通訳者は手話とは別の本業を持っています。本業の傍で活動するので、どうしても派遣回数は限られてしまいます。
従って、活動の中心は主婦の登録手話通訳者となります。主婦の手話通訳者の派遣回数が多いとしても、充分な保障がないため、家計が苦しくなると手話通訳活動を止めて、安定した収入を得られるパート勤務をしなければならないということもあるのです。
また、手話通訳者として登録している人数は多くても、平日の昼間に活動できる人材が少ないため、活動できる一部の人に負担が偏り、頸肩腕症候群など健康を害してしまう手話通訳者も少なくありません。
まさに、この事業はすでに「個人の自発的な活動」で成り立っているのです。「個人の自発的な活動」は尊いものです。でも、その善意に頼って、充分な予算を付けずボランティアで補おうとしている制度では利用する聴覚障がい者に均一のサービスを提供することは望めないでしょうし、この事業を担おうという若い世代が出てこないでしょう。このままでは明るい展望は望めません。

江戸川区から、手話通訳者派遣事業の委託の話があったとき、「新しい公共」の担い手になれるのだと胸が高鳴る思いになりました。脱サラして、手話通訳活動に専念することも考えました。
しかし、蓋を開けて愕然としたのは、事務所スタッフに充分な賃金も支払えない安価な事業委託料でした。それでも、手話通訳活動を続けていきたいと前向きに事業を受ける決断をしました。
NPO法人なら、助成金や寄付があるのではと思われがちですが、助成金は事業に対して付くもので、運営費にはなりません。寄付をして税額控除があるのは認定NPO法人に対してなので、当協会に寄付するような団体はほとんどないのです。認定NPO法人になるための要件は厳しく、結果的に寄付の集まる所に偏りが生じています。今年の4月からその要件は緩和されたと言われますが、NPO法人を運営している側に言わせれば、認定を取るにはまだまだハードルが高いのです。

民主党政権の「新しい公共」という理念。「公-私」の二元論から、「公-公共-私」の三言論となることによって、それまで行き届かなかったサービスが提供されるようになることが期待されているわけですが、その公共の担い手であるはずのNPO団体には、当事者団体のように施設を無料で使用できるような優遇措置もありません。行政から委託された手話通訳者派遣事業には法人税が重くのしかかり、安価な委託料と僅かな事業収入で事務所を維持していくため、人件費を切り詰めて何とか運営しているというのが実情です。

結局のところ、「新しい公共」とは行政にとって虫のいい話で、予算を削るために地域住民の善意に頼ったものだったのかと項垂れてしまいます。
期待と注目を集めていた障害者総合福祉法でしたが、骨格提言がほとんど反映されず「障害者総合支援法」と名称を変えて、4月26日に衆議院をあっさりと通過しました。
福祉新聞によると、「政府はこの法案を障害者自立支援法に替わる新法と位置づけている。しかし、実態は国が自立支援法違憲訴訟団と基本合意していた自立支援法の廃止ではなく一部改正」と述べています(4月23日号)。
そんな中、コミュニケーション支援については前進もあったようなので今後も注目していきたいと思います。

昨年8月、手話を言語として規定した改正障害者基本法が施行されましたが、聴覚障がい者が手話で自由にアクセスできることを法律で保障し、手話通訳者の身分保障を充実させていく日が来なければ、手話通訳者の行く末は明るいものとならず、聴覚障がい者の社会参加も滞ってしまうでしょう。