NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第26号掲載

黒人音楽に思う

 17世紀、アフリカ大陸から北アメリカに強制的に連れて来られたアフリカンたちは、人間としての扱いを受けず奴隷として働かされていました。その絶望的な状況の中で、白人から伝えられた聖書を知った黒人奴隷たちは主人の目を逃れて自分たちだけで集まり、歌って踊れて、そして祈れる場所を作るようになりました。建物もないこの集まりは「Invisible Institution」(見えない教会)と呼ばれ、アメリカ南部を中心に各地に誕生しました。その黒人たちの教会は、マイノリティである自分たちを互いに支え合う地域コミュニティのような役割も担っていたようです。

彼らの教会で、奴隷としての労働の間で、また仲間の葬儀で歌っていた歌を黒人霊歌と言います。
黒人霊歌は日本ではあまり馴染みがありませんが、その中にはアメイジング・グレイスという有名な歌もあります。数年前にテレビドラマの主題歌として、当時16歳のヘイリーというニュージーランド出身の少女が歌い、日本でも大変ヒットしたのは記憶に新しいところです。彼女の天使のような歌声はとても魅力的でしたが、黒人霊歌であるアメイジング・グレイスは「こんなどうしようもないろくでなしに、神さまからの恩寵があって、とても驚くほどに感激している」という内容の歌なので、ぼくのイメージとしては酒の匂いをプンプンさせた無頼漢が自分の罪深さを恥じて悔い改めているという様子が思い浮かぶ歌なのです。

昔作られた歌を今の時代に合うようにアレンジして歌われることは、意味のあることだと思います。ただ、オリジナルの歌が作者の思いとかけ離れてしまうアレンジはどうなのだろうかと考えてしまうことがあります。ハナレグミという日本のミュージシャンが歌うPeople Get Readyの歌い出しは英語の歌詞そのままで、あのPeople Get Readyのカバーなのかと思いきや、突如、日本語の歌詞が出てきます。原歌の翻訳ではない恋沙汰の内容の歌詞になっているのです。それはそれで悪くない歌詞なのでぼくも車の中でよく聴いたりしているのですが、ハナレグミの歌うPeople Get Readyという歌のオリジナルは、ゴスペルシンガーであるカーティス・メイフィールドが作ったキリスト教色の強い内容の歌で、当時、公民権運動を背景にヒットした曲であることを無視することはできないと思うのです。

日本では、アメイジング・グレイスは黒人霊歌としてではなくヒーリングとして受け入れられ、ヒップホップや、ゴスペルなどの黒人音楽は若い世代を中心にファッションとして広まっています。異文化に触れる足掛かりという意味では、それでも構わないのかもしれませんが、黒人音楽の根底には、彼らが被っていた人種差別と、その抑圧からの解放と希望があったということをどこかに置いて、形だけ真似しようとしても本物に到達することは難しいと思うのです。
例えば、『悲しい色やね』という大阪ご当地ソングがありますが、あれを東京人のぼくが歌ったら、大阪の人はとても違和感を覚えることでしょう。ぼくはこの歌が好きなのですが、自分では歌うことはできません。もし歌ったら、「なんやねん!」と突っ込まれてしまう。やっぱり、これは東京人の自分には歌えない、大阪人の歌だと羨ましく思うのです。

黒人音楽には「なんやねん!」で済まされない歴史があります。
ジャズ・シンガー史上最高の一人として数えられるビリー・ホリデイの代表曲…。


続きは本誌にてお楽しみください。