NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第25号掲載
無題

 初めて手話通訳をしたのは23歳のときでした。自分が所属するキリスト教会の礼拝に来たろう者に手話通訳する人が誰もいなかったので、自分が買って出たというのがその切っ掛けです。
そのろう者が初めて教会に来たときには手話通訳のできる人がいました。その人は、ぼくの幼なじみで、鹿児島でローア教会(ろう者による教会。ろう者の牧師が手話で説教をし、会衆は手話で讃美歌を歌い、手話で礼拝をささげる教会)に通い、ろう者と共同生活をしながら手話を覚えたという女性です。
 たまたま、その彼女が東京に帰って来ていたので、その日は、彼女が手話通訳をしてくれたのですが、翌週にはまた鹿児島に戻ってしまうということで、「あいつにできるのなら、オレにだって」と変な見栄とちょっぴりの使命感を持って翌週からの手話通訳を自分が買って出たのでした。

 ちなみに、その手話が堪能な幼なじみが東京に帰省したときに数人のろう者とコーダを連れて来たのですが、その中に当時14歳だった砂田アトムがいました。でも、その当時の自分は自己紹介程度の手話しか知らなかったので、アトムの友人でコーダの男の子に手話通訳をお願いして彼とコミュニケーションした思い出があります。

 さて、手話通訳を買って出たものの・・・


続きは本誌にてお楽しみください。