NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第24号掲載

生活に根ざした手話

「浅草」という手話は、現在は「浅い」、「草」と表す。
以前の「浅草」という手話は、当時の東京で一番高かった陵雲閣という浅草にあったレンガ造りの塔を描写したものだったらしい。
ところが、関東大震災でその塔は焼失し、やがてその手話も使われなくなったという。
手話は時代と共に変っていくという興味深い例だ。

この昔の「浅草」という手話。興味深いのはそれだけではない。
昔の「浅草」という手話は、浅草周辺に住むろう者と、六本木周辺に住むろう者とでは表現が異なっていたらしいのだ。

レンガ造りの陵雲閣を表すのに浅草周辺に住むろう者は五指を折り曲げたコの字型でレンガの厚みを再現し、それを積み上げるしぐさで表していたが、六本木周辺に住むろう者は、人差し指と親指の小さなコの字型で小さく積み重なるレンガ造りの建物を描写していたという。さらに渋谷在住のろう者になると手の形は指文字メ型となり、両手で細い棒状を示すしぐさになったそうだ。

それぞれ、自分が生活している所から見える陵雲閣を描写するので、浅草との距離によって「浅草」という手話が変化していたという面白い指摘である。
まさに手話はろう者の生活の中から生まれてきたということだ。


続きは本誌にてお楽しみください。

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