NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第22号掲載

「公・公共・私」の三言論へ

 1月の終わりに、草の根市民基金ぐらんという団体から、助成金を受けて活動することが決まりました。
本誌の7頁にその詳細が掲載されてありますが、この助成を受けるにあたって、書類選考をパスした数団体が寄付者の目の前でプレゼンを行なうということがありました。プレゼンをしない間は、他団体の発表を見ることができ、地域の活性化に取り組んでいる活動や、在日外国人との共生をテーマにしたイベント活動、また国境を越えた人権擁護の活動など、様々なNPO団体の活動を拝見することができ、とても良い刺激を受ける機会となりました。

 私たち、手話の世界に関わっている人間は、ともすれば、聴覚障がい者を取り巻く問題にしか関心を示さなくなりがちです。それは、聴覚障がい者を取り巻く問題が他の障がい者と異なって、聴こえないという障がいから生じるコミュニケーション障がい、情報障がいという特有の問題があるため、他の障がい者とはなかなか容易に問題を共有できないということもあるかと思います。
 また、手話という言語を持つことによって、手話が通じる者同士は意思疎通が図れるようになりました。しかし、その反面、手話の分からない人とはますます距離ができてしまったようにも思えます。手話が通じる者同士の結束力は高まったものの、その分、閉鎖的になりがちな環境を生み、手話通訳者を含む手話学習者も、いつまでたっても手話を教わることばかりを追い求め、なかなか、その先に進もうとしていません。

 聴覚障がい者特有の問題を深く掘り下げて議論していくことは大事なことでしょう。言語としての手話をきちんとマスターすることも大切です。聴覚障がい者の取り巻く環境を医学的・福祉的な面からだけではなく、社会学的な面で捉え、彼らが持つ、言語的少数者としてのアイデンティティや、ろう文化を理解していくことも大切だと思います。と同時に、もう少し周囲を見渡すと、そこには様々な分野で、それぞれに特化した問題について取り組み、活動をしている団体があります。こうした人達と情報を共有しあうことで新たな展開が生まれてくるのではないかと、プレゼン会場で感じました。手話を勉強すること自体が目的になってはいないだろうか?肝心なのは、その先にあるはずです。

 さて、そのプレゼンの機会を通して、様々な分野で活躍するNPO団体を知ることができたわけですが、逆に、手話通訳者の活動を手話の世界にいない人達に紹介をする良い機会ともなりました。手話通訳者というものは、黒子に徹することもあって、その働きに対しての評価がなかなかされにくいというのが現状です。企業で聴覚障がい者を雇うことがあっても、社内研修や、社内会議に手話通訳を付けるというところは、まだまだ少なく、聴覚障がい者の職場環境を整えるために手話通訳を通して情報保障をしていくという発想はほとんどありません。そういう現状ですから、当協会のプレゼンを通して、手話通訳の必要性をアッピールできたことは、とても嬉しいことでした。
 プレゼンをした各NPO団体は、それぞれのビジョンを掲げて活発に取り組んでいる様子でしたが、行政のほうで、その働きを支援するシステムがないために、このような市民による寄付を財源とする基金に頼らざるを得ないという日本のNPOの課題も感じました。

 日本のNPOは、1995年の阪神・淡路大震災のときに起こった救援ボランティア活動の盛り上がりを背景に始まったとされています。しかし、NPOを支えるシテムがほとんど構築されていないために、日本のNPOは規模が小さく、スタッフの給与保障もむずかしく、個人の善意に依存して活動しているものがほとんどです。欧米のNPOに比べると、どうして、ひどく遅れているのでしょうか。その原因は、日本の近代国家形成にあったという見方があります。この見解については、拓殖大学の長坂寿久氏の論文に詳しく書かれているので、以下その一部を要約してご紹介します。

 明治政府は封建時代であった江戸時代から、近代化した日本を建国するにあたって、「public」(公共)のものはすべて政府が行なうから国民は関与しなくてよいという考えの下に、近代国家としての憲法や民法などを制定し、日本社会の仕組みを作ってきた。そのため、明治時代以降、日本は「公(政府・行政)」と「私(個人)」の二元論を倫理基盤とし、「公共」は政府の領域と一体化させられてきた。戦時中には、「滅私奉公」や、「官尊民卑」といった言葉が造りあげられ、その結果、福祉というものに対して、介護などを主張しがたい空気、また官主導の施策に私たちは受身にならざるをえないようになってしまった。(長坂寿久『「公・公共・私」三元論と三セクターのモデルについて』より、筆者の要約による)

 現在、日本では「公」と「公共」という言葉はほとんど同一視され、公共の担い手は行政であるという認識が根強いように思います。特に、福祉の分野において、行政依存の体質をつくってきてしまったように思えます。長坂氏は同論文で、「赤い羽根共同募金」というキャンペーンは二元論の象徴であり、ほとんどの人は募金をするとき、その善意の心を政府に任せ、自らの頭で寄付先を考えるということをしなくなっていると指摘しています。「公・私」二元論の発想は、私たちは、どこに寄付をしようと、いちいち考える必要はなく、ただ、善意を政府に託して、政府が国民に代わって配分すればいいのだとなるのです。
 しかし、NPOの登場によって時代は大きく変わってきました。これからは、「公・私」の二元論ではなく、「公・公共・私」の三言論として捉えなおし、NPO団体が「公共」領域の担い手として活動していくことが期待されています。
 ぐらん基金は寄付者自身が支援したいと思った団体に投票をするというシステムでしたが、これからは、お上任せ、お上頼りという発想から脱却し、自立した市民社会を形成していくことが大切なのでしょう。

 4月より、それまで江戸川区が「公」の領域として担ってきた「手話通訳者派遣事業」が民間委託されることになりました。当協会は、その事業を、ろう協と共に受託されることになりますが、民間委託になるということは何が変わるのでしょうか?
 これまでの登録手話通訳者は、個人が区に登録し、言わば、「公」側の人間として、通訳派遣されてきました。つまり、「公(行政・登録手話通訳者)・私(聴覚障がい者)」という二元論による関係です。実際は、その二元論の関係にはなりきれず、個人として登録しているときから、手話通訳者たちは、行政と、個人登録との中間に組織の必要性を感じ、通訳者集団を形成してきました。しかし、行政は飽くまでも個人登録の通訳者として通訳者たちを見てきました。それが数年ほど前から、個人ではなく、組織として通訳者たちを認識するように変わってきました。
 この度、手話通訳者派遣事業が民間の団体に委託されたということは、登録手話通訳者は、これまでの公側としての立場ではなくなったと理解しています。それでは、「官から民へ」なったのだからと好き勝手やってよいのかと言えば、それはもちろん、そういうことではないでしょう。「公」でもないが、「民(私)」でもないということは、つまり、区の手話通訳者派遣事業を二元論ではなく、「公(行政)・公共(通訳者団体)・私(聴覚障がい者)」という三言論で捉え、私たちは、「公(行政)」と「私(聴覚障がい者)」の中間にある「公共」領域を担う組織の一員として通訳活動をしていく立場になったという理解が求められていると思うのです。

 「公」でもない、「私」でもない中間の立場というのは、何も新しいことではなく、先達の通訳者たちから受け継がれてきたものだと理解しています。ただ、この度の事業委託で、その立場がより明確になったのだという意識が必要です。これからは「公・公共・私」という三言論で捉え、行政と私たちはそれぞれ「公・公共」という立場で、この事業を協働していく。そう捉えないと事業委託は単に行政の肩代わりで終わってしまいます。
 「公共」の福祉の担い手として、聴覚障がい者と行政との中間に立って、言わば、橋渡しとなって、組織として活動していく。そうすることで、公側にいたときには、できなかった新たな福祉サービスを提供していく可能性があると期待されているのです。


今回は全文を記載いたしました。