NPO法人江戸川手話通訳者協会会報誌『通研江戸公』第19号掲載

未来予想図U


20××年。ここは東京の某区。
ろう者であるAさんは今日もニコニコしている。ここの区では、手話通訳者事務所が複数存在し、Aさんは依頼の内容に応じて、手話通訳を依頼する事務所を使い分けているという。Aさんはこう語ってくれた。「病院でもあるでしょ。心臓手術なら、ここの病院。脳外科なら、あそこがいいとか。手話通訳者さんも昔はオールマイティーじゃなきゃいけなかったそうだけれど、それって、つまり広く浅くでしょ。今は、それぞれ専門分野があるから、頼むほうも安心ですよ」
そう語ってくれると待ち合わせの時間に遅れるからとAさんは素敵な笑顔を見せながら病院へと向かった。
Aさんが医療関係の依頼のときに利用するという手話通訳者事務所を訪ねてみた。
「私共は医療機関専門の手話通訳者チームです。スタッフは全員、手話通訳士の資格だけでなく、看護師と介護士の資格も持っています。高齢の聴覚障がい者や、知的障がいを併せ持つ、ろう重複障がい者などの手話通訳には、手話と日本語という異なる言語を翻訳できる能力だけでなく、どうやったら、その対象者が自覚的に治療に取り組むことができるか、あるいは対象者の周囲にどういう協力を求めていくかということを医師や看護師、ケアマネージャーと一緒に考えられる人材が求められています」
手話通訳者は通訳業務の他にも、カンファランスを医師らと定期的に行なったり、訪問看護にも同行したりと、単なる言語通訳ではなく、対象者に包括的なケアをするための一員としての働きをしているという。

さて、Aさんの息子であるBさんは今年の春から新社会人となる。現在、企業の社内研修の真っ最中だが、Bさんも聴覚障がい者であるため、研修には手話通訳者の派遣を利用している。Bさんが依頼した手話通訳者事務所は、Aさんが利用している医療・介護専門ではなく、企業や、学術研究発表などを専門としている。ここで疑問が生じた。医療福祉関係などの手話通訳サービスは無料で受けることができるが、企業研修などの内容は依頼者が自己負担しているのだろうか? 
Bさんが依頼している手話通訳者事務所のスタッフは明るい笑顔でこう答えてくれた。
「依頼者が自己負担するケースというのはほとんどありません。当方では、手話通訳料は企業にご負担いただいています。数十年前に、江戸川区の小さな手話通訳者団体が大学の講義や、社内会議など企業内への手話通訳者派遣を始めたとき、その団体は当初から、依頼者の自己負担ではなく、企業や大学側から手話通訳料を負担してもらっていたそうです。私共もその団体の方針に倣って、手話通訳料は企業から出していただくようにしています」
企業への手話通訳者派遣は、個人の利益につながるものと考えられ、行政サービスで手話通訳を受けることができない。では、そういった場面で手話通訳が必要ないかと言えば、決してそうではないという。聴覚障がい者の社会進出に伴い、様々な場面での手話通訳のニーズは高まってきている。


続きは本書にてお楽しみください。