2001年4月に江戸川区登録手話通訳者協会(以下、登通協)の役員の交代があり、それまでの役員だけが参加していた二者会議(江戸川区聴覚障害者福祉協会(以下、江聴協)と登通協が定期的に開催していた合同会議)にこれ以降、登通協会員の全員が参加するようになる。これによって、それまでよりも江聴協と登通協の距離が縮まるようになる。そのような関係のとき、城東地区懇談会の地区研修会で、世田谷区の兵藤さんからNPO法人取得経緯のお話があった(同年6月)。
このあたりくらいから、江聴協、登通協、手話サークル連絡会等によるNPO法人の組織化構想が江聴協にはあったようだ。当時の江聴協では、来たる2002年3月に開催予定の江戸川区聴覚障害者福祉協会創立50周年記念に「NPO法人取得」というスローガンをのせたいという意向があり、そのため江聴協役員と共にNPO法人セミナーに足を運ぶことがあった。「セミナーでは、私達のメモを参加できなかった江聴協役員に、渡したりもしたんですよ」(セミナーに参加した登通協会員)。

しかし、江戸川区での法人化はまだまだ現実的には厳しいのではないかというのが当時の通訳者たちの感触だったようだ。当時の登通協役員はこう語る。「まだまだ分からないところが沢山ある。これはもっと情報を集めなきゃいけないと感じていた。調度そんな時期の2002年6月に江聴協主催で、中野区の矢野さんを招いてのNPO法人についての学習会があり、多くの通訳者が参加しました。この頃は、通訳者の中でも江聴協と合同取得しようというのが多数意見でした」

ところが、手話講習会の合同運営や、江聴協事務所の働き等による事務作業の煩雑さから、もし、合同で法人格を取得したら、通訳者たちは事務所の作業に追われて本来の通訳業務ができなくなるのではという不安がつのるようになってくる。その当時、江聴協事務所のボランティアは登録手話通訳者が賛助会員としてボラをやっていることが多かったのだが、事務所ボラと区派遣との両立や立場の使い分けなどに頭を悩ませるようになったというわけだ。

また、書類管理にしても、整理をしようにもろう者が来ないと分からない。外部からの問い合わせにもなんて答えてよいか分らない。そんな時、間に合わなければ、聴者の判断で整理や返答をしてしまうことが少なくなかったようだ。本来なら、ろう団体の事務所なのだから、ろう者が主体性を持ってやっていくのがいいはずだ。だが、手狭な事務所で効率的に運営をやろうとするとどうしても聴者が仕切ってしまうことがある。通訳者自身もいけないと思いつつも、つい、そうなってしまうことから、合同取得をし、共同運営をすることが本当に、ろう者の主体性を尊重することになるのだろうかという疑問を持つようになっていく。


          法人化もくじ        2、いくつもの顔